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2017-06

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歴史の真実を読み解く(稲作について) - 2012.08.04 Sat

 今日は誤った歴史認識を正す一環として、「稲作」を取り上げて書いてみたいと思う。

 私はこれまで日本の稲作は「弥生時代に朝鮮半島から伝わった」と考えてきた。理由は単純で、学校でそう習ったからである。現に日本の教育を受けた方々は、その様に記憶している方も多いのではないかと思う。

 実際、中学校の各教科書を見ると、

 「紀元前4世紀ごろ、大陸(主に朝鮮半島)から渡来した人々によって、稲作が九州北部に伝えられ、やがて東日本にまで広まりました。」(東京書籍)
  
 「縄文時代の終わりごろ、中国や朝鮮半島などから北九州へ渡来した人々が稲作を伝え、稲作は西日本から東日本へと広まっていきました。」(帝国書院)
  
 「中国が統一されはじめた紀元前4世紀ごろ、中国の長江流域や朝鮮半島南部の人々が、九州北部にわたってきました。これらの人々は、水田での稲作をはじめ、新しい土器、金属器などの文化をもたらし、縄文時代の終わりごろの人々に伝えました。」(教育出版)
  
 「今から約2400年前、水田による稲作がに北九州に伝わった。中国の稲作が、おもに朝鮮半島南部をへて、人々の移住とともに入ってきた。」(日本書籍新社)
 
 と書いてある。つまり、ほとんどの教科書が疑い無く稲作は朝鮮半島から日本に伝来したと記述しているのである。

 しかしながら先日、それとは全く逆に、「稲作は日本から朝鮮半島に伝わった」という話を聞いた。気になったので詳しく調べてみると、驚くことに専門家の間ではもはやそれは常識らしい。

 2005年2月、岡山県の灘崎町にある彦崎貝塚の縄文時代前期(紀元前4000年前、6000年前)の地層から、なんと稲のプラントオパール(イネ科の植物が体内でつくり出し、壊れにくい結晶となっている物体)が大量に見つかった。その量は土1gあたりプラントオパール2000~3000個という大量のもので、専門家によれば、これはただ単に稲が何らかの理由で持ち込まれたという規模ではなく、まさに栽培されていた証拠だというのだ。

 これに比べ朝鮮半島で確認された炭化米は紀元前2000年が最古である。畑作では無く水耕でも、日本の場合は2500年前と紀元前まで遡るのに比べて、朝鮮半島では1500年前くらいまでしか遡れない。つまり、畑作にせよ水耕にせよ、稲作は日本の方が1000年単位で朝鮮半島よりも古いことが科学的に証明されているのである。

 そもそも稲作の起源は、今から12000前、今の中国湖南省長江の中流域で始まったとされている。当時長江の流域で文明を築いていた「苗族」(今の中国の少数民族)が、野生の稲が食料になることを発見し、栽培を始めたという(中国には黄河文明の他に長江流域にも文明が存在していたことが明らかになっている)。これまで発見された日本の科学的証拠は、それが朝鮮半島を経由せず、そのまま日本に伝わったことを示している。(一説には、日本人のルーツのひとつも中国南部長江流域の人々だという説もある。)

 古来日本から朝鮮半島に伝わったものは稲作だけではない。実は勾玉、土器、鉄器、前方後円墳なども日本から朝鮮半島に伝わったことが科学的に証明されている。特に日本の土器については、驚くことに「四大文明」よりもはるかに古い1万6500年前という世界最古のものが、青森県蟹田町にある縄文草創期の大平山元(おおだいやまもと)遺跡で発見されている。はっきり言って日本において古代どの程度文化・文明が進んでいたか未知数なところがある。

 話を元に戻すが、いずれにせよ私は、ここまではっきりした様々な科学的証拠が出ているのに、なぜ未だに殆どの教科書が「稲作は朝鮮半島から伝わった」と記述し、古来朝鮮半島は日本よりも進んでいたという趣旨で書かれているのか非常に疑問だ。

 ある専門家は次のように主張する。「簡単に言えば、日本で教育のイニシアティブを握っている人たちの中に、在日朝鮮人の人たちがかなり多く存在しているからです。彼らの中では、古来の朝鮮半島は、日本よりもはるかに先進地域だったというのが、誇りなんです。遠く離れた地で祖国を思う気持ちが、そうさせているのでしょう。」

 日本に住む日本人が自国に誇りをもてない形で教育がなされているとすれば、それは非常に残念なことであり、その為に日本人の中に愛国心が育たないとすれば、その損失は計り知れない。

 北朝鮮や韓国が自国内において民族の誇りを育てる教育を行おうと、それは自由だが(ただし嘘や捏造に基づく教育はいけない)、日本国内で北朝鮮や韓国の方々の誇りを植えつけるような教育を行うのは、日本人が日本に誇りをもてなくなるのでやめるべきである。まして、それが捏造だとすればなおさらだ。

 今日本には約60万人の在日朝鮮人の方々が居住している。誤解が無いように言えば、その方々の中には非常に徳の高い方もおられる。また日本人よりも日本を愛してくれている方々もおられる。一部の在日の方々による歴史の捏造や改竄は、そういった心ある在日の方々にも失礼なことだと思う。

 偏向教育について、今回は稲作の話だが、これは歴史教育全般に言えることであると私は考えている。
 

 報告:毎日の活動報告は、「FACE BOOK」 でさせて頂くことにしました。報告のみならず色々なことを記していますので、どうぞそちらもご覧下さい。



 



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原爆投下の本当の理由。 - 2012.03.22 Thu

 消費税増税に「政治生命を懸け」、「不退転の決意」で臨む野田首相だが、結局民主党内の分裂を恐れ、結論を先送りした。報道によれば、閣議決定は年度末ぎりぎりの30日までずれ込む可能性があるという。ある新聞社は「民主党と消費税、決められぬ政治に唖然」と題し、民主党政権を批判している。谷垣総裁が「首相が不退転の決意ならば、小沢氏らと決別も辞さずとの態度が必要ではないか」と主張したのは正しい。今国民は「決められない政治」に嫌気がさしている。

 さて、話は変わるが、先日ある方から長谷川毅氏の本を勧められた。長谷川毅氏はカリフォルニア大学教授で、アメリカに永住している歴史学者である。彼の専門はアメリカ・ソ連・日本の関係史。勧められた本は『暗闘』。内容は「なぜアメリカは日本に原爆を落としたのか」について。

 これまで、アメリカが日本に原爆を落とした理由にはいくつの見解があった。ひとつは「白人社会の有色人種に対する実験」というもの、そしてもう一つ一番広く知られている理由は「戦争を早く終わらせるため」というものである。米国では「原爆のおかげで戦争は早く集結し、100万人以上のアメリカ兵の命が救われた」と主張されている。それに従うかのように日本の中学校の教科書でも、次のように書かれている。「ポツダムの会議では、アメリカ・イギリス・中国の名前で日本の無条件降伏をうながす共同宣言を出しました(ポツダム宣言)。しかし、この宣言を日本が黙殺したため、戦争の早期終結を望むアメリカは、8月6日に広島に、8月9日に長崎に原子爆弾を投下しました」(帝国書院版)。

 しかし長谷川氏によればこれは全くの間違いである。そもそも、ポツダム宣言が出されたのは1945年の7月26日だが、トルーマン米大統領が日本への原爆投下を命令したのは、その2日前の24日である。つまり、ポツダム宣言をなかなか受諾しないから原爆を投下したというのは全くの誤りであることがわかる。

 ではなぜ原爆は投下されたのか。その理由は、ソ連参戦の前に日本を無条件降伏させるためであった。ソ連はドイツ降伏の約3ヵ月後の8月15日前後に、日ソ中立条約を破り、参戦する予定であった。 しかしソ連が参戦したら、ソ連のアジアにおける勢力が拡大されてしまう。それでアメリカは、ソ連参戦前に何としてでも日本を無条件降伏においやる必要があったのである。実際ソ連は原爆投下によって日本がただちに降伏することを恐れ、予定を早めて8月8日に満州侵攻を開始した。

 当時日本はソ連と日ソ中立条約を結んでおり、ソ連が日本と米国の終戦の仲介をしてくれるものと考えていた。まさか対日戦争に参戦し、日本を攻撃してくるとは少しも考えていなかったろう。。。

 歴史を見ると、国際政治は裏切りと騙しの連続である。その後の歴史も戦勝国による捏造や偽造ばかり。原爆投下の理由についても、米国とソ連という大国間の覇権争いの中で投下されたという事実を日本の教科書でもしっかり記述すべきであろう。
 

 

民族の滅びる三原則 - 2012.01.10 Tue

 今日「英霊にこたえる会」の会長、中條高徳氏のお話を聞きました。「英霊に応える会」は「護国のいしずえとなり、尊い一命を国に捧げた二五〇万の英霊に対し、国及び国民の尊崇と感謝の誠を表わすため、国民の代表である総理等が、公の行事として靖国参拝されるよう広く国民運動を推進し、これを実現する」ことを目的とした会です。その代表である中條氏が「民族が滅びる三原則」というものを話の中で紹介していました。

①「夢を失った民族は滅びる」
②「全ての価値を物に求め、心の価値を見失った民族は滅びる」
③「自国の歴史を忘れた民族は滅びる」

 これは今までの著名な歴史家が過去の歴史を検証し導き出した原則とのことですが、中條氏はどれも現代の日本に当てはまっていると主張します。夢について、日本青少年研究所によれば、今日の日本の青少年たちの夢は小さく、そしてはっきりした夢を持っている人も少ない。また、二つ目の価値の問題もしかり。経済的豊かさのみを求める思想が蔓延してます。そしてその為に国民の幸福度が低い。そして三つ目の自国の歴史について、義務教育の中でも高等教育や家庭教育の中でも、殆ど真実の歴史を教えていません。それどころか国のリーダーたる政治家の殆どが本当の歴史を知りません。

 歴史を知らないことが原因で、現在日本の政府は全閣僚靖国神社に参拝しません。自民党政権時代も小泉首相が参拝したのを除けば、中曽根首相が参拝を中止して以降誰も参拝していないのが現状です。その理由はA級戦犯が合祀されているからというもの。しかし、これは無知そのもので、日本にA級戦犯はいません。そもそもA級戦犯を決めた「東京裁判」は、罪刑法定主義や法の不遡及といった現代法の原則を無視してつくられたもの。戦勝国が一方的に敗戦国を国際法を無視して裁いたもので、とても公正公平とは言い難く、法的に有効な法廷とは言えないものでした。

 また、一部に東京裁判が法的に無効でも、その後のサンフランシスコ講和条約で裁判を受け入れたではないかという主張がありますが、サンフランシスコ平和条約の条文は「Japan accepts the judgments」となっています。つまり「東京裁判を受け入れる」ではなく「諸判決を受け入れる」という意味。裁判自体を肯定したものではなく、刑の執行を受け入れるとしたものです。

 その上、その後1952年の「戦犯在所者の釈放等に関する決議」、1952年「戦争犯罪による受刑者の釈放等に関する決議」、「戦争犯罪による受刑者の赦免に関する決議」、1955年「戦争受刑者の即時釈放要請に関する決議」等によりA級戦犯の国内的名誉も完全に回復されています。

 夢、心の価値、自国の歴史、この三つを取り戻すために、早く保守政治を復活しなければならないと思います。

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「凛として愛」 - 2011.12.13 Tue

「凛として愛」という映画を見ました。

大東亜戦争時の日本と世界情勢を描いた素晴らしいドキュメンタリー映画です。

最初のナレーションに以下のようにあります。


戦争に負けたのは仕方がない。
だが日本人は戦いに敗れても誠実さが必要だった。
日本という国に、祖国に尽くした幾百万の英霊に、幾千万の先人に愛をこめて感謝を捧げるべきであった。

…が、果たせなかった。
多くの日本人が裏切った。

戦勝国による一方的な東京裁判が開かれる中で、戦後の荒廃した日本に、赤旗がなびき、社会主義思想が広まり、戦勝国による一方的な裁判が開かれる中で、日本の近代史は偽りに満ちた悪意のもとに大きく書き替えられていった。

私たちの国には明治維新以来幾度かの困難に敢然と立ち向かった日本民族の不屈の歴史があります。
たった一つしかない命を国家に同胞に捧げた凛とした真実の歴史があります。

六十数年前、日本はアメリカを始め世界百十数国を相手に大戦争をした。
しかし、その戦争は、国家国民の安全と平和を護るため、アジアの安定を築くため、世界の平和を請い願ったものであることに間違いなかった。

戦場に出ていった将兵は、みな、同じ考えであり、力の限り、彼らは戦った。
だが、こと志しと違い、戦いに敗れたことで日本の掲げた理想は実ることはなかった。

日本は敗れたままでいる。
平和を享受する現代日本から遠く離れた異国には、未だ収拾されない将兵の遺骨が山野に埋もれている。
いつになったら日本は、戦いに散った将兵を暖かく迎えてくれるのだろうか… 。
全国民が祈りを捧げてくれるのだろうか。

靖國神社に祀られる246万6千余柱の英霊は、未だ侵略戦争の汚名を着せられたままでいる。
かつて、南方の島々で戦った日本軍に援軍は来なかった。
ならば、今から援軍を送る。日本を変える援軍を送る。
あなた方の真実を、痛みを私たちは伝えていきます。



みなさんも是非「凛として愛」をご覧になってください。





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プロフィール

武藤貴也(むとうたかや)

Author:武藤貴也(むとうたかや)
昭和54年5月25日、北海道釧路市生まれ。血液型O型。東京外国語大学卒業、京都大学大学院修了(専門は外交・安全保障・国際法)。平成21年「全国公募」で自民党滋賀県第四選挙区支部長に選ばれ、平成24年第46回衆議院議員総選挙で初当選。外務委員会・安全保障委員会所属。麻生派(為公会)。近江八幡市在住。

*滋賀県第四選挙区(東近江市、近江八幡市、甲賀市、湖南市、日野町、竜王町)

国会事務所:
東京都千代田区永田町2-2-1
衆議院第一議員会館601号室
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